スキルス胃がんだったとは!

夫がスキルス胃がんステージ4の告知を受けてからのこと

怖かったお通夜と人気ブログランキング

このブログを人気ブログランキング胃がんカテゴリーに登録した。

 

このランキングカテゴリーの怖いところは、上位ブログの「生前はお世話になりました」で終わっている率の高さ。わたしはビビりなのでこういうとき迷信的な不安を覚える。ここにリンクして大丈夫か。

 

もちおが術前検査をすべて終えて紛うことなきスキルス胃がんのあかんやつだとわかった日、かつての職場の先輩が転職先で突然亡くなったという知らせがあった。前日どころか、当日も普段通りだったそうで、昼休みの少し前に「気分が悪いから休んでくる」とひとりで車へ向かい、昼休みに同僚が様子を見に行くとすでに亡くなっていたとのことだった。

 

通夜は近場で行われるけれど、もちおはいかなくていいと連絡してきた上司はいった。個人的なつきあいがあったわけでも、とくに親しかったわけでもない。それに、「こういうときにもらってくるとよくないから」と。

 

本当にそう思っていたのか、自分の命もどうなるかもわからないもちおが身近な人の死に直面して動揺するのではと気遣ってのことなのかわからない。わたしはどちらも気になった。けれど、もちおは通夜へいきたいといった。

 

訃報を聞いたとき、もちおは検査を終えて今後の話がまだ頭に入りきらない状態だった。それでもすぐ通夜へ向かおうとしてまわりに止められ、「まずは自分が休まなければ」といったん家に帰ってきた。そのあと用事で外へでたとき「はてこさん、悪いんだけど、やっぱりお通夜へいってもいいかな」といった。

 

病院帰りのもちおは毛糸のへんてこな帽子と仕事用の上着、それに防寒のために買った登山用のモコモコしたパンツのままで、無精ひげを車の中で剃った。わたしも普段着だったけれど、頭の中で「お通夜はとるものもとりあえず向かうものだからいいんだ」と自分に言い聞かせ、調達した不祝儀袋にくしゃくしゃのお札を入れ、会場へ向かった。名刺がなければ先方はもちおを仕事帰りの日雇い労働者かなにかだと思ったと思う。わたしはせめて態度だけはと精一杯丁寧に礼儀正しくご遺族のみなさまにお悔やみを伝えた。

 

故人は40代。まだ若い奥様と小学生、中学生の息子さんの三人。ご遺族は緊張しきった面持ちで混雑した座敷の中ほどにある祭壇の前に座っていた。わいわいがやがや大騒ぎで飲んだり食べたりしている遠縁らしき人たちに囲まれ、三人は場違いなところへ無理やり引っ張り出された無関係な人のように見えた。

 

棺のなかにかつてお世話になった方がいた。たった一度車で送ったとき、息子を厳しく躾けるため、剣道を無理やりやらせているのだ、と豪語していたことを思い出した。身体には自信があるのか、自分のように逞しい男に育てたいのだといっていた。あれからまだ二年も経っていない。

 

「本当にお世話になりました。いまの会社でどれだけ活躍されることかと僕は思っていました」ともちおは奥様にいった。「お父さんは、本当に頭のいい人やったよ。俺は世話になった」と息子さんにいった。息子さん二人は泣くでも笑うでもなく、ただただ居心地悪そうに頭を下げた。

 

ガンでなくても人は死ぬんだ、とわたしは思った。なんの前触れもなく、とつぜん死んでしまうのだ。そうなったら取返しがつかない。数時間前病院を出たとき、すでにわたしには触れない遠いところにいってしまったように感じていたけれど、もちおが実際にはまだ生きて隣にいるということは、とても恵まれたことだと気づいた。

 

「あんなに世話になった人を会社がそんな風に見るなんて、俺は情けないよ」

会場を後にしたもちおは苦々し気にいった。わたしはそうだねと言えなかった。わたしも怖かった。日常に忍び寄る不慮の不幸に引っ張られるんじゃないかと不安だった。何もこんなときに。落ち着いてからでもいいじゃない、と思った。「落ち着いてから」なんていつになるかわからないのに。

 

でも、もちおはこんなときも自分のことではなく、故人とご遺族のことを思った。わたしはもちおのこういうところをとても尊敬する。

 

その後の闘病期間中、なんどもそのお通夜のことを思い出した。もちおはまだここにいる。前と違う姿でも、明日どうなるかわからなくても、いまもちおはここにいる。それはあたりまえのことじゃない。

 

人気ブログランキング胃がんカテゴリーの更新停止ブログと『生前お世話になりました』ブログの多さについて、そこにブログを登録することをどう思うかもちおに聞いてみた。

「ああ、俺もたぶんそのランキングみた」

「怖いよね」

「怖い」

「でも、生きてブログ更新してる人もいるんだよね。そういう人に、これまでしたこと、知ってほしいなと思う」

「うん、それは、ぜひ、登録してよ。俺、生きてるって」

 

そんなわけで、ブログランキングに登録しました。

わたしたちはあの頃標準医療で勝ち目がないところへ追い込まれても元気に生きている人のブログをとても読みたかった。長く続くといいなあと思います。

 


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大晦日の失敗

「ガンだって。これから紹介されたB病院へいくから、はてこさん来てくれる?」

もちおは一週間前に知人のA医師のもとで胃カメラを飲み、組織検査を受けていた。

 

もちおにがんの告知をしたA医師はわたしの父の友人で、もちおが前回A医師にあったのは年末、身内の集まりの席だった。

 

大晦日の昼下がり。もちおは次々に出される料理と酒を前に浮かない顔で座っていた。いつも舅の前では明るく元気なところを見せなければと気負っているのに、酒の席で空元気すら出ない。体の不調もさることながらもちおはそのことに苛立っているようで、「無理に食べることない」という妻に「お義父さんの前でそんなこというな」とキレ気味な返事をしていた。A医師は席が近く、このひそひそ喧嘩を聞いていた。

 

「どうしたと?」

「もちおさん、最近ずっと胃の調子が悪いんです」

「いわないでよ!」

「Aさんのところで胃カメラ飲んだらってもうずっといってるんですけど」

「ちゃんと検査したほうがいいばい。いつでもおいで」

 

A医師はとろんとした赤ら顔で年始の開業日を教えてくれたけれど、今度はわたしが内心キレていた。いますぐ診て。無理ならいますぐ診てくれる病院を教えて。蕎麦すらろくに飲み込めないなんてどう考えてもおかしいんだから、放っておかないで。

 

もちおの隣には数年ぶりに帰国したわたしの兄がいた。長年格闘技を続けている兄はボクサーだったもちおに敬意をはらっており、普段はわたしがもちおの身体のことをあれこれ心配すると「彼はプロとして自分の身体を考えてきたんだから」と諫める。しかしこのときは兄も義弟の様子がおかしいと思ったようだった。

 

「どこか悪いのか。病院いった方がいいぞ」

親族とわかれて車に乗ると、兄は強い口調で夫にいった。

「いや、胃がちょっと悪くてですね。年あけたらいきます」

「いや、このあとすぐいけよ。あるだろ、開いてるところ」

「んー、そうですね…」

 

よし、いまだ。もちおが義兄に遠慮してもにょもにょいっているあいだにわたしは近くで開いている病院を検索した。

「ここから車で15分だって」

「ちゃんといけよ。じゃあな」

 

兄が車から降りるともちおは烈火のごとく怒った。

「いかない!病院は来年いく!」

「来年になったらまた忙しいっていうでしょ」

「俺はもう疲れたの!いまから病院なんかいきたくない!いかない!」

「なにいってんの!」

「ずっとお義父さんたちにつきあって疲れてるんだよ」

そりゃ疲れるわな。身内のわたしだって疲れる。そういわれると後ろめたい。

 

「でも心配だから病院いって」

「そっちの心配のために俺はまたふりまわされるのか」

「だって本当にずっと具合が悪いじゃない」

いかない、いかないと駄々をこねるもちおを乗せ、わたしはGoogle先生の検索結果にしたがって病院へ車を走らせた。気のせいなんかじゃない。もちおは本当にどこかがすごく悪い。今日の怒り方はいつもと違う。

夫はふだんシリアスな場面でも人を食った冗談をいっては妻を煙に巻くのが大の得意で、ダジャレの一つも出ないときはだいたい熱があったり、お腹を壊していたりする。支離滅裂な言いがかりをつけてくるときはとくにそうだ。

 

病院は見つからなかった。なぜ見つからなったのかいまでもわからない。とにかく検索結果に出た場所に病院はなかった。もちおは不機嫌と体調不良と当てつけのトリプルコンボでこれ以上ないというぐらいのしかめっつらで助手席の椅子を倒して目をつぶっていた。

「ないね。なんでだろ」

「帰りたい」

「年が明けたら病院へいってね?」

「ああ、はいはい。いくっていってるだろ!今日は帰って寝る」

「わかった」

もちおは安堵と勝利で少し機嫌をなおした。

 

確かにもちおは結婚以来、わたしの親戚関係にこれ以上ないくらいつくしてくれている。逆だったらどれほどの気苦労だろう。客観的に考えればそれと病院へいくこととはトレードできる問題ではない。けれどもこのときもちおの頭の中では「病院へいかせたいのは妻だ、妻のために年末年始の予定をあけた上でさらにそれ以上の要求を呑まされるのは不当だ」ということになっていて、わたしはその勢いにおされて病院へ連れていくことを断念した。

 

A医師がいますぐではなく年明けに来いといったこと、病院が見つからなかったこと、いま振り返ればそれらも予定調和的な出来事だったように思う。

告知前の兆し

2016年1月13日に胃がんの告知を受けたと夫のもちおから電話があった。

 

4年前の2012年2月、もちおは人間ドックで胃のバリウム検査に引っかかり、要再検査の通知を受けていた。同年5月に転居、転職をしたので、移転先で胃カメラの検査を受けようと考えていた。転居先には胃カメラを飲ませるのがめっぽううまいと評判の医者がいたが、もちおは忙しさにかまけて胃カメラ検査をずるずる先延ばしにしていた。

 

さらにバリウム検査に先立つこと数年前、もちおは胃痛で内科にかかり、ピロリ菌の駆除をした。もちおは疲れたとき、悩み事があるとき、よく腹痛を訴えた。「お腹が痛い、ここに手をあててほしい」とわたしの手を取り、左の脇腹にあてる。そんなときもちおのお腹はそこだけひんやり冷たくて、いかにも具合が悪そうだった。しかしもちおはいよいよになるまで病院へいかなかった。

 

人間ドックで引っかかり、忠告を受けてピロリ菌駆除のため胃カメラを飲んだとき、胃には何か所も胃潰瘍が治ったあとがあった。胃は何度も潰瘍を起こしては自然治癒していたらしかった。

 

ピロリ菌はすっかりいなくなったとお墨付きをもらったけれど、その後も腹痛を訴えることがよくあった。そのたび病院へいってほしいといったけれど、もちおはそのうち自然に治ると高を括っているようで、頑として首を縦に振らなかった。

「いま仕事が忙しいんだよ」

これがもちおの口癖で、この忙しさは他の何ものにも優先される。もちおは繁忙期を理由に挙式二週間前に結婚式もキャンセルし、入籍で支給される有給休暇も断り、以来ずっとその調子で働いてきた。転職にあたり有給休暇を消化することを申し出たとき、上司は「消化させないし転職もさせない」と豪語し、もちおは会話を録音しながら労働基準法について話し合わなければならなかった。

 

転職後ももちおの「いま仕事が忙しい」は変わらなかった。もちおは告知の1ヵ月前に支店長になり、その前後の忙しさは大変なものだった。もちおは日頃家では酒もたばこもやらない。けれどもこの年は営業関係の忘年会、支社の忘年会、経営者である舅関係の忘年会で浴びるほど酒を飲み、髪も服もたばこで燻され続ける日々が続いた。

 

12月に入って「胃が痛くて食事が食べられない」「弁当が食べきれない」と言い出した。

「病院いってよ、胃カメラ検査ずっと先延ばしじゃない」

「時間がない」

もちおはキレ気味にいう。

「年末年始に入ったら病院やってないよ」

「いけるわけがない。年が明けたらいく」

この忙しいのに何を言っているんだ、という顔で怒っている。

 

これがとくに忙しくない時期だったらおかしいと思ったに違いない。けれど身体を壊す十分な理由がある暮らしのなかでの食欲不振はもちおを油断させた。わたしは弁当の量を減らし、シチューを作り、湯たんぽを入れながらうんざりしていた。

 

どうするつもりだ。死ぬ気か。バカか。何のための転職だ。ヒーロー気取りか。

 

このままいったらわたしは未亡人になるだろう。わたしを看取る約束で結婚したのに、何やってるんだ。結婚式もキャンセル、妻の葬儀もキャンセルか。

 

ある日ポストに「期間限定お得なキャンペーン!今月中のご利用は料金半額」とデカデカと書かれた広告が投函されていた。なにかと思ったらセレモニーホールの、ようするに葬祭場の広告だった。

「すごい大胆なキャンペーンだね」

「いくら半額にするっていっても、そんなにタイミングよく死ねないよね」

葬式か。葬儀代っていくらかかるんだろう。わたしたちは二人でなんのブラックジョークかと笑ったけれど、その広告は年が明けるまでなんとなく冷蔵庫に貼っておいた。

 

ガンの告知を受けた日の夜に思い出したのは、この年の瀬の日々だった。

どこへいってもなぜか葬祭場が目に入ったこと。眠れない夜、隣で眠るもちおを見ていると、温かな生身の身体がなんだかものすごくデリケートで壊れやすいものに思えて、胸がつぶれそうになったこと。「こんなにそばにいるのに遠くへいってしまうんだ」という言葉が前後の脈絡なく頭に浮かんで、何度も泣きそうになったこと。

 

あれは予感だったのか。

はじめましての方へ

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このブログのこと

これはわたしが「はてこはときどき外に出る」という雑記ブログに書いていた夫とガンの話をまとめるためにはじめたブログです。当時数多くのガン関係ブログを読みましたが、スキルス胃がんについては手術せず抗がん剤を中断して長期的に安定している方を見つけられませんでした。人間ですから永遠に生きるわけにはいきませんが、夫が休薬半年をすぎた今ますます元気でいることが、どなたかの励みになればと思っています。

kutabirehateko.hateblo.jp

 

夫のこと

2017年3月現在41歳。2016年1月にスキルス胃がんステージ4の診断を受けましたが、現在は転移も見られず、血液検査、CT,胃カメラすべて異常ありません。生活で気をつけていることは糖質を減らすこと、リポゾームビタミンC1000mgを数時間おきに飲むこと、コーヒーエネマを一日おきを目安にすること、モンベルの登山用ウェアで身体を温めること、こまめにラジウム温泉へいくことです。

 

胃はそのままなのでなんでも食べられますが、小麦と砂糖はなるべく控えるようにしています。*1アルコールは赤ワインを中心にちょいちょいいただいています。煙草は吸いません。

 

運動は週に何度かキックボクシングへいきます。ふだんはデスクワークで夜更かし朝寝坊気味、車生活です。 

 

経過

2016年1月
スキルス胃がんの告知を受ける。紹介先の病院で手術前の検査を受けたのち転院


2016年2月
転院先で腹腔鏡検査。リンパ節、腹膜への転移、腹水があり、手術は出来ないといわれる

 

2016年3月
化学療法開始。点滴でオキサリプラチン、TS-1を服薬

 

2016年4月
血小板低下により休薬。以降投薬、休薬を繰り返す

 

2016年6月
計4回の化学療法を受けたのち抗がん剤の休止を申し出る。
以降は毎月の血液検査と3ヵ月に一度のCT、胃カメラ検査のみ。

血液検査などすべて正常。

 

2016年10月

引き続き血液検査、CT,胃カメラ異常なし。

腫瘍マーカーがとっくに平均値を下回っていたことに気づく

 

2017年3月
ブログ開始

 

続いたもの、続けているもの

以下は我が家で現在続けている健康法です。参考になさってください。

実践はお医者様にご相談の上、自己責任でお願いします。

一年あれこれ試して続いた習慣と食べたもの、飲んだもの。

 

青汁シェイク

抗がんといえば人参ジュースですが、美味しいけれど続けるのが大変なわりにそれほど効果が感じられなかったので現在は飲んでいません。かわりに以下の青汁ベースのシェイクを飲んでいます。食べられないときのタンパク質摂取に重宝しました。ホエイプロテインパウダーは溶けやすくて美味しく、これでお菓子も作ったし、筋肉もついた!冬場は冷たいのでおやすみです。

 

グリーンマグマ(青汁) 大1*2
ホエイプロテインパウダー 大2
sun is sunshine 小1*3
サンクロン 小1
冷凍ブルーベリー お好みで
バナナ 1~2本*4
水 適当

 

リポゾームビタミンC

「人間以外の哺乳類はビタミンCを体内で作ることができ、弱っているときは大量に消費する」「ビタミンC摂取でコラーゲンが活性化し、細胞壁を強めガンの侵入を防ぐ」「摂取したビタミンCは体内でオキシドールを作り出し、細胞壁を持たないガン細胞をピンポイントで攻撃する」などなどビタミンCパワーを化学者目線で数多くの文献から説明した本。

読むとすぐにビタミンCをとりたくなるし、高濃度ビタミンC点滴したくなるけど、高濃度ビタミンC点滴、めっちゃ高い。そしてアスコルビン酸は胃に来るのでそんなに摂取できない。そこでリポゾームビタミンCならいいんじゃないの?と美容目線で探してみた。

 

Amazonで買える。

美白!美肌!と美容界隈で評判はいい。ガン治療に力を入れている病院に置いている場合もある。*5しかし高いし、不味い。高くて不味いものは続かない。

 

我が家は1粒20円くらいの遠慮なく飲める価格帯のものを台所に書斎に車に鞄にと瓶をあちこちに置いてしょっちゅう飲んでいる。携帯しやすく口に残らないので飲みやすい。おすすめ。

jp.iherb.com

粒が大きくて飲み込むのがきついときはカプセルをグミのように噛むか、中身を出して飲むといいです。美白効果はないように感じますが、コラーゲンが増えたせいかリフトアップ効果はめっちゃある。しらないうちにほうれい線が消えていた。そして爪と髪が丈夫になった。爪、カッチカチ。

 

スリムエネマ

楽天で買える。エネマというのは浣腸のことですわ。

↑これはパイプだけ。セットはこちら。→スリムエネマキット

素人が自宅で浣腸なんてやっていいのか、という疑問にもちおがポツリと「SMの人たちは医師免許を持っているんだろうか…」といったのでハッとした。浣腸で大惨事になったというニュースはだいたい直腸にチューブをずぶずぶ入れていた例。なぜ入れたし。先っちょ入れるだけでいいから。詳しくは自分で調べてお医者さんに相談してね。

これにスティックコーヒーを溶かして使っています。

定期注文すると半額。珈琲液の作り方はネットにたくさん落ちているので自作しても。節約のためにやってみたことがありますが、手間が面倒。スティックだともちおが思い立ったとき自分でさくさくやるので助かります。

 

エネマは便秘はもちろん、化学療法開始直後の悪阻のような気分の悪さ、痺れ、食欲不振に劇的に効きましたた。不可逆だといわれていた手足のしびれがすっかりとれたのもエネマのおかげだと思います。身体にうんこ溜めておくといいことないですわ。

 

カレー

 とくにネパールのベジタブルカレーであるアルベーガンドライカレーと大麦で作ったロティというフワカリせんべいのようなもの、そして同じく大麦のロティで作ったカティカバブというチキンロールを常食しています。いまでは店の駐車場に車を停めると店主が「いつものね」と目くばせするくらいの常連です。

 

もちおは小麦をとるとげっぷとガスで胃腸が膨れて苦しがるのが悩みだけれど、ロティとカティカバブは苦しくないのだそう。確かに食後の様子が違う。いまも近所のネパールカレー店でこればかり食べています。急性期もカレーだけはわりあいするする入ったのでインドカレーの店でカレーを詰めてもらい、病院にもスープジャーで持参していました。

 

これ、我が家と同じものなら内蓋の部品が多く、掃除が複雑なので現物を見て確認するのがおすすめ。

 

モロヘイヤ玄米パスタ

作ってくれた人、そして送ってくださった方に感謝してもしたりないくらいこれを食べています。ネパールカレーと出会うまでは食べたあとげっぷやガスで苦しまない数少ない食べ物でした。表示時間より長めに、塩茹でして、あとは適当なソースや具とあえてパスタとして料理できます。 これは納豆、ネギ、オクラのねばねばパスタ。

こちらのオートミールも手軽に作れてとても重宝します。

kutabirehateko.hateblo.jp

 

温泉

ラジウム温泉がいいと聞いていってきました、三朝温泉。めっちゃよかった。さすが湯治場、お湯がよくて山の中なのにお魚が美味しい。食欲がもりもり沸いて当時の病状から想像できないくらい食べられたので、かなり無理して*6二度もいきました。 

kutabirehateko.hateblo.jp

現在は福岡県田川市香春町の柿下温泉へいく。ひなびきってますがお湯はいい。

tagawa-net.jp

ラドンのマッヘは柿下より低いけれど自宅から近いのでこちらへもよくいきます。

www.kiraranoyu.jp

自宅では浴槽に麦飯石を入れて入っています。麦飯石はかれこれ10年前に買った砂利状の安いもので、さらしの巾着に入れて使っています。ときどき煮沸して日に干すとパワーアップしてめっちゃ汗が出るようになります。

 

*1:当初は白米含めて蛇蝎のごとく避けていたけれど、最近はそこそこ食べている

*2:グリーンマグマは海外がん対策部で人気がある

*3:当時もちおがほとんど食事をとれなかったので野菜不足を補うために。なくてもOK

*4:バナナとブルーベリーは近所のスーパーで買っています

*5:もちろん割高。

*6:化学療法中だったもちおは運転できないので福岡から鳥取までわたし一人で運転。