スキルス胃がんだったとは!

夫がスキルス胃がんステージ4の告知を受けてからのこと

温泉へいこうよ

 

f:id:kutabirehateko:20171113170946j:image

再発したならがん対策に効果はなかったのかというと、そうも言い切れない。いつの間にかやめてしまったことがひとつ増え、ふたつ増えていくうちにいまのようになってしまったからだ。

 

もちろん何をしても結果は変わらなかったと思う人もいるだろう。とはいえ何がどう変わったのか興味がある人もいると思うので、去年の今ごろと最近の暮らしの違いを書いてみる。

 

めっきり温泉へいかなくなった。実家のそばの北九州は香春に柿下温泉というラジウム温泉がある。鄙びた、というより、いまやすっかり寂れた温泉だけれど、ここは知る人ぞ知る名湯で、がんに効くと有名だ。

 

福岡にも糸島にはきららの湯というラジウム温泉がある。もう少し先までいくと古くからあるまむしの湯というアルカリ温泉もある。こちらは三毛猫が自由に出入りする暖かい雰囲気の心安らぐ施設で、とても湯がいい。

 

去年はこうした温泉に週に3~4日は通っていた。スタンプがたまると割引になったり、サービスデーがあったりはするが、入湯料は二人で1200円くらい。月に15000円前後だ。安くはないが、湯治にいくことを考えれば時間も費用も比較にならない。

 

妹の知り合いはスキルス胃ガンで手術も出来ず、長崎のラジウム温泉へ湯治にいって治ったという。真相も詳細もわからないが、妹は「もっちゃん、温泉へいきなよ」とまとまった見舞金を送ってくれた。もちおも鳥取の三朝温泉へ三泊したあと見違えるように調子がよくなった。三朝温泉は湯治客が多く、三朝温泉郷のがん罹患率は飛び抜けて低い。

 

温泉に対するわたしたちの期待は高まった。もちおが渋るときは「妹のお見舞いがあるから」とお尻を叩いて出掛けた。夏も冬も温泉の帰りはいつも身体がほかほかで、温かくしているつもりでも身体は冷えているものだと思った。温泉の温まり方は家の風呂とも、いわゆるスーパー銭湯とも違う。

 

もちおが抗がん剤をやめて10ヶ月のあいだがんが大人しかったことはあきらかに生活習慣と関係がある。がんは慢性病で、慢性病対策とはひとえに生活習慣対策のことだ。しかし生活習慣を変えるのはなかなか難しい。大人になってもよほどの覚悟がなければ人は易きに流れやすい。

 

もちおはなぜか年明けから温泉通いをやめた。

年末年始にわたしの親族が集まってわーわーしていたので、いつものペースで温泉へいかない日が幾日かあった。珍しく顔を出した子供たちを連れて、わたしはもちおを残して泊まりがけで出かけることになり、その間にもちおはインフルエンザにかかって高熱を出した。

 

熱が下がってからの体調はすこぶるよかった。検査結果も素晴らしかった。もちおは会社に顔を出し、少しずつ仕事を再開しながら蟹の贈り物である趣味にもますますのめり込んでいった。そして温泉通いは欠かすことの出来ない日課から、余暇を利用した息抜きになっていった。

 

やがて春がきて、再発の診断を受けた。

 

温泉へいこうよ、といまもわたしはもちおに呼びかける。うん、そうだね。でも今日は疲れているから、また明日ね。今日はパソコンが売れたから送らないといけないんだ。夕方から九十九電気へいくから今日はダメ。もう遅いから閉まっているよ。

 

温泉へいこうよ。

 

でも、温泉へいく時間にもちおがしたかった何かが、いつかもちおの悔いになったらどうしよう。

 

そう思うと引きずっていくことは出来ない。

妹のお見舞いはまだ引き出しに残っている。

「温泉へいけばよかったね」

という日が来なければいいなと思う。

「あんなに言ったのに、どうして」

と、言わなくてすむといいなと思う。