告知前の兆し
2016年1月13日に胃がんの告知を受けたと夫のもちおから電話があった。
4年前の2012年2月、もちおは人間ドックで胃のバリウム検査に引っかかり、要再検査の通知を受けていた。同年5月に転居、転職をしたので、移転先で胃カメラの検査を受けようと考えていた。転居先には胃カメラを飲ませるのがめっぽううまいと評判の医者がいたが、もちおは忙しさにかまけて胃カメラ検査をずるずる先延ばしにしていた。
さらにバリウム検査に先立つこと数年前、もちおは胃痛で内科にかかり、ピロリ菌の駆除をした。もちおは疲れたとき、悩み事があるとき、よく腹痛を訴えた。「お腹が痛い、ここに手をあててほしい」とわたしの手を取り、左の脇腹にあてる。そんなときもちおのお腹はそこだけひんやり冷たくて、いかにも具合が悪そうだった。しかしもちおはいよいよになるまで病院へいかなかった。
人間ドックで引っかかり、忠告を受けてピロリ菌駆除のため胃カメラを飲んだとき、胃には何か所も胃潰瘍が治ったあとがあった。胃は何度も潰瘍を起こしては自然治癒していたらしかった。
ピロリ菌はすっかりいなくなったとお墨付きをもらったけれど、その後も腹痛を訴えることがよくあった。そのたび病院へいってほしいといったけれど、もちおはそのうち自然に治ると高を括っているようで、頑として首を縦に振らなかった。
「いま仕事が忙しいんだよ」
これがもちおの口癖で、この忙しさは他の何ものにも優先される。もちおは繁忙期を理由に挙式二週間前に結婚式もキャンセルし、入籍で支給される有給休暇も断り、以来ずっとその調子で働いてきた。転職にあたり有給休暇を消化することを申し出たとき、上司は「消化させないし転職もさせない」と豪語し、もちおは会話を録音しながら労働基準法について話し合わなければならなかった。
転職後ももちおの「いま仕事が忙しい」は変わらなかった。もちおは告知の1ヵ月前に支店長になり、その前後の忙しさは大変なものだった。もちおは日頃家では酒もたばこもやらない。けれどもこの年は営業関係の忘年会、支社の忘年会、経営者である舅関係の忘年会で浴びるほど酒を飲み、髪も服もたばこで燻され続ける日々が続いた。
12月に入って「胃が痛くて食事が食べられない」「弁当が食べきれない」と言い出した。
「病院いってよ、胃カメラ検査ずっと先延ばしじゃない」
「時間がない」
もちおはキレ気味にいう。
「年末年始に入ったら病院やってないよ」
「いけるわけがない。年が明けたらいく」
この忙しいのに何を言っているんだ、という顔で怒っている。
これがとくに忙しくない時期だったらおかしいと思ったに違いない。けれど身体を壊す十分な理由がある暮らしのなかでの食欲不振はもちおを油断させた。わたしは弁当の量を減らし、シチューを作り、湯たんぽを入れながらうんざりしていた。
どうするつもりだ。死ぬ気か。バカか。何のための転職だ。ヒーロー気取りか。
このままいったらわたしは未亡人になるだろう。わたしを看取る約束で結婚したのに、何やってるんだ。結婚式もキャンセル、妻の葬儀もキャンセルか。
ある日ポストに「期間限定お得なキャンペーン!今月中のご利用は料金半額」とデカデカと書かれた広告が投函されていた。なにかと思ったらセレモニーホールの、ようするに葬祭場の広告だった。
「すごい大胆なキャンペーンだね」
「いくら半額にするっていっても、そんなにタイミングよく死ねないよね」
葬式か。葬儀代っていくらかかるんだろう。わたしたちは二人でなんのブラックジョークかと笑ったけれど、その広告は年が明けるまでなんとなく冷蔵庫に貼っておいた。
ガンの告知を受けた日の夜に思い出したのは、この年の瀬の日々だった。
どこへいってもなぜか葬祭場が目に入ったこと。眠れない夜、隣で眠るもちおを見ていると、温かな生身の身体がなんだかものすごくデリケートで壊れやすいものに思えて、胸がつぶれそうになったこと。「こんなにそばにいるのに遠くへいってしまうんだ」という言葉が前後の脈絡なく頭に浮かんで、何度も泣きそうになったこと。
あれは予感だったのか。