スキルス胃がんだったとは!

夫がスキルス胃がんステージ4の告知を受けてからのこと

がん保険選びの難しさとひまわり生命お姉さんのやさしさ

告知から5年前、2011年の秋に「ライフプランナーから保険の見積もりを受けてみませんか」という電話がプロバイダー経由でかかってきた。

 

その年わたしたちは3.11の震災と原発事故を深刻に受け止め、今後の住まいや仕事について長期的な視点で考えなおそうとしているところだった。当時は掛け捨ての共済に入っているだけで、もしものときに保険金代わりに使えるまとまった貯金もなかった。
当時もちおは35歳。デスクワークに就いていて、厄介なピロリ菌も無事除菌し終わりましたと病院でお墨付きをもらって数年経つ。今後年齢が上がると掛け金は上がるし、デスクワークを続けている保証もない。ほかの病気で引っかかったら入れない。入るならいまだ。

 

アドバイザーのSさんは見るからに仕事が出来そうな人だった。資料がごっそり入ったデカくてゴツくて真っ黒で、いかにも重そうな鞄を持ってやってきた。昔のお医者の往診鞄みたいだ。

 

わたしたちは希望の保証と支払い可能な金額を伝え、Sさんのすすめに従って三つの保険に入った。メットライフアリコの60歳満期で生涯続く医療保険、その保険に付帯できるガン特約。
がん保険は別に入った方がいいですよ」とSさんはいった。「がん治療ってやっぱりすごくお金がかかるんです。医療費に上限があっても入院や手術で保険対象にならないものも多い。がんに特化した、先進医療も受けられる保険があるので、そちらをおすすめします」
これがひまわり生命の「勇気のおまもり」だった。

 

2016年1月13日、もちおが胃がんと診断され、今後の検査と手術の予定をB医師から聞いたあと、わたしは保険会社に電話をした。「夫がガンで」と誰かに話したのはこれが最初だった。

 

メットライフアリコの担当者は混雑した役所の窓口担当のような人だった。非常に事務的に住所氏名年齢など契約事項を確認し、所在地の読み仮名が一部違うことにしばらく固執していた。
「こちらにはこのようになっていますが?そちらでよろしいですか?では訂正されますか?」
どうでもいい。漢字が正しくて郵便物が間違いなく届けばわたしにはどっちでもいい。いまそんな話していたくない。こっちはこれから生きるか死ぬかの算段しないといけないんだ。いや、死亡届の窓口もこんな感じなのかな。

 

次にひまわり生命に電話をかけた。
「お電話ありがとうございます、担当のひまわり(仮名)です!」第一声から歌のお姉さんのように朗らかな声の方が出た。メットライフアリコとのギャップがおかしくて、なんだか笑ってしまいそうになった。
ところが「実は夫が胃がんの告知を受けまして」と話すと急転直下、お姉さんはこれまた見るからに悲痛な声で「…それは、さぞお気を落としのことでございましょう」といった。こんな風にいわれると逆に「いや、それほどでもないんですけど」とまたおかしくなってしまう。

 

「それではさっそくではございますが、ご契約手続きをご案内させていただいてもよろしいでしょうか」
「お願いします」
「まず一時金ですが、何かとご入用でしょうからこちらを先にお振込みさせていただきたいと思います」
そうだ、一時金が100万円入るんだった!

 

そのころわたしたちは一時期をある意味で残念賞のようにとらえていた。ガンになっちゃったけど、これで何か楽しいことでもしてね、という慰め代。「SONYのVAIOZ CANBSがほしい、一時金で買っていい?」ともちおははしゃいでいた。しかしこの一時金こそ闘病ビギナー予想外の出費を支える虎の子になることを、後にわたしたちは思い知らされる。

 

医療保険を受け取るためには保険会社の作成した用紙に通院、入院、手術などかかった費用を病院に記入してもらわなければならない。これを病院に出してもらうのに一通7500円くらいする。病院にかかるたびにこれを書いてもらうと保険料の大半が用紙代になってしまう。なのである程度まとまってからにした方がいい。それまでかかる費用は一時金でカバーする。

 

この術前検査がけっこうかかる。保険適用でも数千円、数万円という検査が続くし、交通費もかかれば仕事を休むことで入るお金も減る。バタバタしていると外食も増える。つまり保険が下りるまである程度まとまったお金がないと生活が詰む。

 

記入用紙は保険会社ごとに違うので、保険を2社かけていた場合は通常病院側に支払う記入代も倍になる。「ですが、私どもひまわり生命は他社の保険会社が発行した記入用紙も受け付けておりますので、コピーで結構です」とお姉さんはいった。なんて細かいところまで行き届いているんだ。

 

一方メットライフアリコは規約に沿った用紙に規約通りに記入した原本しか受け付けない。後にメットライフアリコのがん特約は手術後の費用のみ保険対象で、手術前の検査や治療は保険対象外だということを知る。つまり手術前に化学療法でがんを小さくする方法をとった場合、また手術ができない場合の放射線や化学療法にかかった費用は出ない。掛け金の小さな特約とはいえ、これではかけた意味がない。そうと知っていたら考えなおしていたと思う。

 

当事者になってから調べて驚いたことはほかにもある。がん保険とひとくちにいっても何がガンでなにがガンでないかは保険会社の解釈とプランによって違う。長年がん保険をかけていてもいざ告知を受けたとき保険適用されるかどうかはケースごとに調べてみなければわからない。

がん保険の3つの落とし穴に要注意!加入前に絶対確認すべきポイント

 

保険に加入するときライフアドバイザーのSさんがゆるいたぬきの絵がついた「ひまわり生命 勇気のおまもり」と書かれたパンフレットを出しながら、「こんな名前ですけど、とてもしっかりしたいい保険なんですよ」と苦笑気味にいっていたことを思い出す。本当ですね。いい保険ですね。厳選していただいた甲斐がありました。

 

このような現実的な保障もさることながら、ひまわりお姉さんの大袈裟なほど感情を込めた声が、わたしには予想外に大きな慰めになった。夫はまだ元気なんです、ちょっとご飯が食べられないだけなんですよ、ウフフ、と条件反射で無駄に元気にふるまってしまっていたけれど、お姉さんに気遣われて胸が熱くなるほどほろりとした。冷静なつもりでいたけれど、ショックを受けていたんだと電話を切ってから気づいてしゅんとした。当事者であるもちおの前で動揺したらいけないと思って、お姉ちゃんモードだったのだった。

 

闘病期間中、こうしたささやかな言葉を通じて人の情けが身に染みることは何度もあった。

 

手術が受けられないとわかって化学療法を開始して退院する日、病院のエレベーターホールで腹腔鏡検査に立ち会った若い医師とばったり会った。彼は笑顔で「退院されるんですね。がんばってください!」といって、もちおと握手した。決意のある笑顔だった。未来があることを前提に励ましの言葉をくれたのはその医師だけだった。彼はもちおのベッドへ来たとき、無意識にカーテンを握りしめて離さなかった。それだけ悲惨な容態だとわかっていて、それでも未来に希望を託してくれたことを、わたしたちはそのあと何度も思い出した。いつかお会いできたらお礼を伝えたいと思う。

 


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