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スキルス胃がんだったとは!

夫がスキルス胃がんステージ4の告知を受けてからのこと

階上の隣人の話

ご近所さんが咽頭がんで亡くなったことを昨日知った。わたしももちおも落ち込んでいる。

 

いま私たちは古い分譲団地に住んでいる。団地に住むのははじめてで、引っ越しが決まったときは未知なるご近所づきあいの世界に身構えた。しかし実際住み始めてみると回覧板をまわす以外にこれといった繋がりはなく、名前を憶えたのは同じ階の方だけだった。

 

団地で暮らし始めて数年経ったある朝のこと。玄関前を掃除していると日焼けした恰幅のよい年配の男性がクーラーボックスを抱えて階段を上がってきた。知らない人だったけれど、なんとなく声をかけやすい雰囲気があった。

「おはようございます」

「お?おはよう」

「何を釣ってこられたんですか」

「鯵」

「へー!いーなー」

「うちじゃ食べないの。みんな近所にやっちゃう」

「えー、うちもほしい」

「鯵、好きか?」

「すきです!」

「自分でさばける?」

「がんばれば!」

「なーんだ、じゃあさばいて持ってきてやるよ。いっぱいあるから」

「ほんとに!やったー!」

 

釣り人はしばらくするとさばいた魚と冷凍した蛸をもって降りてきた。釣り人は上階の住人だった。そして「冬は牡蠣をとる。潜ってとるから、美味いよ」といった。

 

それから何度も美味しいものをちょいちょい持ってきてくれた。海の幸、山の幸、どれも地場でとれたものばかりだった。顔が広いようで、知り合いから贈られてきたというものもたくさんあった。「みんな冷凍してる。食べきれないから」とその人はいった。男性はひとりで犬と暮らしていた。近所に別れた女房と娘が住んでいるといった。「ひとりはいい。好きに暮らせるもん」。

 

わたしたちはぶっきらぼうにチャイムを鳴らして美味しいものを気前よくわけてくれることを別にしても、その人のことが好きだった。はじめて会ったときからすぐに仲良くなりたいと思った。「地元のおもしろいところを教えてくださいよ」といったら、しかめっ面をしながらどこへいきたいのかといった。本当に、その人と三人でどこかへいってみたいと思っていた。いつかもちおの仕事がひと段落したら。いつかあちらの都合がいいときに。

 

食事やお茶に誘うと「いい、いい」と遠慮した。「じゃあ、そちらにうかがいますよ」というと、ぎょっとした顔をしていたけれど、それからしばらくして「家、片づけたから」といってきた。よし、じゃあお邪魔しよう。何かすてきなものを持っていこう。それが見つかったら、もちおの仕事がひと段落したら、いつかあちらの都合がいいときに。

 

去年もちおがどうにもこうにも大変だったとき、わたしも何も食べられなくなった時期があった。ちょうどその頃、階上の隣人がいつものように突然チャイムを鳴らし、ぶっきらぼうにビニール袋を突き出して帰っていった。デコポンか何か、無骨な柑橘類だった。わたしはそれを鉢に盛って、長いことそのままにしていた。

 

ようやく食べたのはもちおが入院してわたしが一人で家にいたころだったと思う。とても美味しかった。みずみずしく爽やかで泣きたくなるようなやさしい酸味と甘みがあり、キリキリしていた胃に不思議なほどやさしかった。わたしは名も知らぬ謎の蜜柑をたいせつに食べた。もちおにも取っておいて、退院してからひとくちずつ口に運んでやった。それはそれは美味しかった。

 

ある日、ポストに走り書きをしたノートの切れ端が入っていた。「しばらく家を空けるので回覧板は飛ばしてください」末尾に階上の隣人の名前が書いてあった。

 

長い留守が続いて、年末のある日、ようやく階上のドアが開く音がした。謎蜜柑のお礼がてらうかがうと、少し痩せた隣人が出てきた。そして「咽頭がんでね」といった。「手術して、とれるものはみんなとってくれっていったんだ。抗がん剤も強いやつをどんどんやってくれって」。

 

もちおもがんだと話すと少し驚いていたけれど、一緒に温泉へいかないかと誘うと「いい、いい。俺は長生きなんてしなくていいんだ。もうめんどくさい」といった。そういいながら「胃ろうを受けたんだ」とシャツをめくり、「自分でここから入れられるように、やり方聞いたんだ。看護婦がびっくりしてた。自分でやる人いないって」と少し誇らしげにいった。それから「さっきパックの飲料も飲んでみた。飲めたよ」といった。「犬を娘のところへとりにいかなきゃ」。

 

ほんの半年前まで釣りに旅行にと飛び回り、犬を散歩し、友達を呼んでは料理をふるまい、季節がめぐるたび旬の美味しいものを届けてくれていた人だった。ほんの少し痩せたけれど、相変わらず恰幅がよかった。わたしには生きることがどうでもよくなったようには見えなかった。「いい、いい。それよりこれを持ってって。これはね、」とまた何か美味しいものを出してきて、くれた。してやるのがすきで、してもらうのは苦手な人だった。

 

それから一か月もしないうちに階上の隣人はまたいなくなった。ポストにはガムテープが貼られた。冬場ひとりで過ごすのはきついだろうと思っていたので、入院したのなら少しでも楽にすごせるといいなと思っていた。帰ってきてほしかった。帰ってこなかった。

 

昨日は朝から軽トラックが何台も来ていて、階上の部屋のドアは久しぶりに大きく開いていた。次々運び込まれる荷物は引っ越すあてがなく、どれも処分されるそうだった。

「亡くなったんだって。トラックにいた人に聞いたら『娘さんの依頼で、ぜんぶ処分するんですよ』っていってたよ」ともちおがいった。

 

これで階上の隣人とわたしたちの話はおしまい。わたしが大好きだったあの人はもう魚を持って上がってこない。冷凍庫の中にはもらった巨峰がまだ凍ったままだ。何ができたんだろうと思う。何かできたんじゃないかと思う。また会いたいなと思うし、会えないんだということが強い説得力を持って迫ってくる。

 

悲しいだけじゃなく、怖い。

 

種類も違う、治療方法も違う、対策も違うし予後の経過も違う、年齢も体力も違う。ただがんだということ以外共通点がない。それでもがんで誰かが亡くなったと聞くのは、もちおががんになる前とまったく違う重みがある。

 

物語と違って現実はあとになってみないとそれらしい落ちがない。この話も昨日の今日なので、いまはまだこのことがわたしたちにどんな衝撃をあたえたか、上手く言葉にできない。


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